Super Day Trader への 道のり


by lalalakaname
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一発狙っていく気持ちがないと 又 それかつ コツコツ いく気持ちがないと
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福田総理内閣TV遠藤さんを好きだったんだろう



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d0016436_154073.jpgF-15 (戦闘機)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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この項目では原型について記述しています。発展型の戦闘爆撃機仕様についてはF-15E (航空機)を、第二次世界大戦末期より開発された偵察機についてはP-61 (航空機)を、原型及び発展型を扱った作品についてはF-15に関係する作品の一覧をご覧ください。
F-15 イーグル


ワシントンD.C.上空を飛行するF-15C

用途:制空戦闘機
製造者:マクドネル・ダグラス(ボーイング)社
運用者
アメリカ(アメリカ空軍)
イスラエル(イスラエル空軍)
日本(航空自衛隊)
サウジアラビア(サウジアラビア空軍)
初飛行:1972年7月27日
運用開始:1976年
ユニットコスト:A/B型 : 2,790万ドル C/D型 : 2,990万ドル (fiscal98constant$)
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着陸するF-15C
主翼と胴体下に610ガロンのタンクを搭載している
ライトパターソン空軍基地の空軍博物館で展示されているF-15AF-15はマクドネル・ダグラス社(現ボーイング社)が開発した大型の制空戦闘機である。イーグル(鷲:Eagle)の愛称で呼ばれる。また、イーグルを操るパイロットは「イーグルドライバー」と呼ばれ、一目置かれる存在となっている。

目次 [非表示]
1 概要
2 開発の経緯
2.1 ミサイル万能の時代
2.2 次期主力戦闘機の模索
2.3 モスクワ航空ショーの衝撃
2.4 ファイター・マフィア
2.5 次世代の戦闘機とは
2.6 鷲の誕生
2.7 初飛行
3 特徴
3.1 機体
3.2 アビオニクス
3.3 エンジン
3.4 飛行速度
3.5 兵装
3.6 ストリーク・イーグル
3.7 拡張性
3.8 実戦成績
4 アメリカ空軍での運用
4.1 配備開始
4.2 海外の部隊への配備
4.3 配備基地
4.4 F-15 ASAT
4.5 Hi Lo Mix
4.6 実戦投入
4.6.1 初の実戦と戦果
4.6.2 目視外距離戦闘
4.6.3 コソボ紛争
4.6.4 イラク戦争
4.7 近代化改修
5 21世紀を迎えて
6 世界のF-15
6.1 イスラエル
6.1.1 概要
6.1.2 ピースフォックス
6.1.3 機体
6.1.4 実戦投入
6.2 日本
6.2.1 概要
6.2.2 機体
6.2.3 近代化改修
6.2.4 計画
6.2.5 配備基地
6.2.6 その他
6.3 サウジアラビア
6.3.1 概要
6.3.2 機体
6.3.3 配備基地
7 各型および派生型
7.1 基本型
7.2 派生型
7.2.1 F-15E
7.2.2 F-15 S/MTD ~ ACTIVE ~ IFCS
7.2.3 F-15 MANX
7.2.4 F-15A Flight Research Facility
7.2.5 F-15B Research Testbed
7.2.6 F-15N
8 スペック
8.1 F-15C
8.2 F-15S/MTD
8.3 F-15ACTIVE
9 フィクションの小道具としてのF-15
10 脚注
11 関連項目
12 参考文献
13 外部リンク



[編集] 概要

アフターバーナーを使用して離陸するF-15Cアメリカ空軍が保有・運用するF-4の後継機として、マクドネル・ダグラス社(当時)が開発した双発の大型制空戦闘機である。アメリカ空軍の主力戦闘機として、1976年より運用を開始した。

第4世代ジェット戦闘機に分類され、二枚の垂直尾翼を持つとはいえ平凡な平面形の主翼に水平安定版を組み合わせた保守的ともいえる設計で当時としては画期的な機動性を実現した機体であり、採用国では空戦における被撃墜記録はないとしている。単座型と複座型の2種類があるが、飛行性能・戦闘能力に大きな差はない。長射程ミサイルの運用能力と高性能なレーダーを持つが、一機当りのコストが約3,000万ドル(アメリカ空軍での単価)と高価になったため、アメリカ空軍はF-16との「Hi-Lo-Mix」運用を甘受し、また購入可能な国は限られた。それに加えて圧倒的な空戦能力から政治的・軍事的に親密な国への売却に限られた結果、新造機からの運用はアメリカの他イスラエル・日本・サウジアラビアの3ヵ国のみの総計1,223機の製造で生産ラインは閉鎖となった。

F-4と共に、冷戦下のアメリカ空軍とマクドネル・ダグラス社を代表する戦闘機といえる。現在では主力の座を派生型のF-15Eや、後継機であるF-22に譲りつつある。


[編集] 開発の経緯

[編集] ミサイル万能の時代

プロトタイプのF-15A
主翼先端及び水平尾翼の形状が異なるのがわかる1956年に配備の始まったサイドワインダーを装備したF-86が58年の台湾海峡における大規模な空中戦[1]などで戦果をあげたことを受け、アメリカ空軍では今後の戦闘機同士の戦闘は「遠距離から射程の長いミサイルを発射して相手を撃墜するものになる」という「ミサイル万能主義」が主流となった。また1950年代のソ連によるM-4バイソン、Tu-95ベアといった新型爆撃機配備により生じた戦力差は西側への甚大な脅威となりえるため、対抗の必要があるという「ボマーギャップ」論を巻き起こした。そのためにアメリカ空軍は要撃機と爆撃機の配備に重点を置くこととなった。

これらの結果、新規開発の比重は対戦闘機戦闘を主目的とした制空戦闘機から対地攻撃力を補充するF-105のような戦闘爆撃機や対爆撃機要撃のためのF-106等の要撃戦闘機等に移っていった。当初F-86の後継とされたF-100も徐々に戦闘爆撃機に転用され、F-101やF-104は運動性を軽視した仕様となった。

さらに1961年当時の国防長官であったロバート・マクナマラは、コスト削減と合理化を目的とし、空軍主体で開発する戦闘爆撃機を海軍向けに艦隊防空用の要撃機に発達させ共通化を図るTFX計画を進めたが、重量増加、エンジン(TF30)のストール、海軍用の新ミサイル(AIM-54)や新火器管制装置(AWG-9)の開発遅延といった問題を山積し、結局、空軍用のF-111Aのみ実用となった。だが、ようやく実用化に漕ぎ着けたF-111は、この時点でコスト高や運動性能等に問題を抱えていた。


[編集] 次期主力戦闘機の模索
その後、海軍はTFX実用化断念後の1965年に次期戦闘攻撃機VFAX(後に中止)や次期戦闘機VFX(後のF-14)の開発研究を開始し、空軍もF-111どころかF-4さえ重すぎて制空戦闘に不適と考え、同年、F-Xの開発研究に着手した。 翌年の1966年には、F-X開発研究によって以下の基本設計の概要が纏められた。

機体重量約27t
F-111よりも良好な加速・上昇等飛行性能を有し、可変後退翼を備える
中射程空対空ミサイル・爆弾を装備
この時点では、F-111でも求められていた「ミサイル・爆弾の運用能力」と「可変翼」の項目が存在しており、結局F-111の二の舞を避けるため、計画は一旦白紙に戻された。


[編集] モスクワ航空ショーの衝撃
1967年7月に行われたモスクワ・ドモデドボ空港での航空ショーでMiG-25が突如出現し上空を高速で通過していった。この航空ショーにおいてソ連はMiG-23,Mig-25,Su-15を初めとした試作機や実験機を含む多種の機体を第三世代戦闘機として出品した。MiG-25の公開も周到に演出されたものであり、大きな衝撃を受けた西側の航空機専門家はソ連の意図した通りにその実体以上の過大な評価を下した。 アメリカ空軍首脳も公開された機体に対抗し得る機体を自軍に保有していないと考え、ソ連の爆撃機に加え、戦闘機にも危機感を募らせていった。


[編集] ファイター・マフィア
空軍での制空戦闘機の検討時期に、各方面のキーマンからファイター・マフィアと呼ばれる少人数のグループがアメリカ国防総省に出現した。彼らはベトナム戦争以前の1960年頃から「ミサイル万能論は誤りであり、戦闘機には格闘戦を行う能力が必須である」と説いた。しかし、当時その考えは時代の流れとは逆行しており、表立っての活動は殆ど行われる事はなかった。 その中の一人は「Energy-Maneuverity理論」を基にした判断により、F-Xの最初のRFP[2]を却下し最終版に改定した。更にそれでも不十分と考えた彼らはF-XX以降の活動を続け、LWF(Low Weight Fighter:軽量戦闘機)計画としてF-16およびYF-17を実現した。


[編集] 次世代の戦闘機とは
当時、アメリカ空軍はベトナム戦争開始時期に充分な格闘戦能力を持つ機体を持たず、有視界外戦闘を禁止した交戦規定を文民に強制されて巻き込まれた格闘戦闘での苦戦を強いられた。旧式と言われていたMiG-17に、当時の最新技術と理論を持ってして生み出されたF-105やF-111らミサイルキャリアーは翻弄された。幸いにも、マクマナラ国防長官の推し進めた空海両軍の機種統一により導入したF-4戦闘機が、比較的機動性に優れていたためベトナム戦争を凌ぐことはできた。

この事態にアメリカ国防総省では、ミサイルの運用能力だけでなく格闘能力の必要性が認知され始め、「ミサイル万能論」は終焉を迎えた。

では、次世代戦闘機には何が求められたのか。ファイター・マフィアらは、新たに18t級空対空専用戦闘機の方針を打ち出した。彼らは次世代戦闘機に必要なのは、良好な急旋回性能としたのだ。よって、当時開発が盛んで新機軸でもあった「可変翼」の採用を見送った[3]。通常格闘戦が行われる亜音速域では、可変翼では重量などのデメリットに加え、エネルギー損失も大きい事が理由であり、急旋回を行うには低い翼面過重が必要とされた為である[4]。これに加え、目視外戦闘を行うための長距離の空域をカバーするレーダーと、AIM-7の運用能力が求められた。また、空中戦での使用を前提として機関砲の搭載も決定された。


[編集] 鷲の誕生
モスクワ航空ショーの翌年の1968年9月に、アメリカ空軍は国内の航空機メーカー8社と研究契約を結び、上記のファイター・マフィアのものを基とした提案要求(RFP)を出した。RFPの主な内容は以下の通り。

マッハ0.9、高度30,000ftにおける高G機動でバフェットを生じない
上記空力特性を持つ翼を使い、広い飛行速度高度粋で充分なEnergy-Maneuverity運動能力を持つ
空中給油、または増槽のみで大陸間のフェリーが可能
搭載兵器システムは全任務に対して一人で操作可能
現実的な空対空戦闘を想定して4,000飛行時間の疲労寿命の安全係数を4として試験で証明する
最新の技術を利用したコックピット艤装を行い、特に近接格闘戦ではヘッドアップディスプレィを利
理論整備工数は1飛行時間あたり11.3人時のレベル
構成機器の平均故障時間は上記整備工数内で対応
コックピットは360度の全周視界
機内設備で主エンジンを起動
機体構造、電気、油圧、操縦システムは戦闘状況下で無事に基地に帰投できる高度の生存性を持つ
対戦闘機戦闘装備状態の総重量は40,000lb(約18.1t)級
サブシステム、構成部品、装備品は少なくとも試作品による実証済みのものに限る
最大速度は高空においてマッハ2.5[5]
ルックダウン能力を持つ長距離パルス・ドップラー・レーダーを備える
提出された各社案を基にマクドネル・ダグラス社、フェアチャイルド社、ノースアメリカン・ロックウェル社の3社を選出し1969年6月に詳細提案のための6ヶ月の研究契約を結んだ。

提出されたフェアチャイルド社案は胴体の両側の変形デルタの主翼の半幅にエンジンナセルを置き二次元型エアインテークから排気ノズルを一直線に配置した双発一枚垂直尾翼の機体で、ノースアメリカン・ロックウェル社案はオージー翼を持つブレンデッド・ウイング・ボディ構成の胴体下に二次元型エアインテークを付けた胴体内並列双発一枚垂直尾翼の機体であった。

これに対しマクドネル・ダグラス社案の機体は、前縁45度と後退翼がそれほど大きくなく、面積の広い主翼を有していた。これは当時の超音速戦闘機には、まず採用される事のないものであった[6]。

1969年12月にアメリカ空軍はマクドネル・ダグラス社と開発契約を結んだ。開発にあたり20機の原型機を発注し、それぞれ以下のような作業やテストが割り当てた。

F1 (1号機):性能領域の探求、運用特性、外部搭載物テスト
F2 (2号機):エンジンテスト
F3 (3号機):アビオニクス開発、気流速度計測(これ以降の機体はAPG-63火器管制装置を搭載)
F4 (4号機):構造テスト
F5 (5号機):機関砲・兵装・兵装架射出テスト(これ以降の機体はM61A1 ガトリング砲を搭載)
F6 (6号機):アビオニクスのテスト、及び飛行制御・ミサイル発射評価
F7 (7号機):兵装、燃料、兵装架
F8 (8号機):スピンテスト、高迎角評価
F9 (9号機):機体、エンジン適合評価
F10(10号機):レーダー、アビオニクステスト
T1 (11号機):複座型評価。後にF-15S/MTDとなる
T2 (12号機):複座型。マクドネル・ダグラス社のデモンストレーター。後にF-15Eのプロトタイプとなる。
F11(13号機):実用テスト
F12(14号機):コンフォーマル燃料タンク装備機:実用テスト
F13(15号機):実用テスト
F14(16号機):気象環境テスト。テスト終了後にイスラエルに売却
F15(17号機):使用されず、イスラエルに売却
F16(18号機):実用テスト、及びデモンストレーター後にイスラエルに売却
F17(19号機):「ストリークイーグル計画」に使用
F18(20号機):使用されず、イスラエルに売却

[編集] 初飛行
1972年6月26日に1号機であるYF-15A(71-0280)がマクドネル・ダグラス社セントルイス工場で完成。同日、ロールアウトを記念した式典が行われた。

後日一旦分解されC-5輸送機によりカルフォルニア州のエドワーズ空軍基地への搬入・再組み立てを受け7月27日にモハーヴェ砂漠上空でマクドネル・ダグラス社チーフテストパイロットのアービン・L・バローズにより約50分間の初飛行を実施した。1973年7月には飛行回数1,000回を超え、最大速度マッハ2.5、最大到達高度18,290mを記録する。

原型機による試験・評価作業は2年余りで終了する。この試験結果を受けた細部の変更はあったが設計の根本的変更に至ることはなかった。

量産機への設計の変更点は以下の通りである。

主翼端の形状の変更
水平安定板への切り欠きの追加
エア・ブレーキの大型化
空軍は世界最強の空戦戦闘機として、アメリカ合衆国の国鳥であり国章にもなっているアメリカの象徴である鷲を機名とした。


[編集] 特徴

[編集] 機体

F-15C外形はF-111やF-14の可変後退翼、F-16のブレンデッドウイングボディといった新機軸を採用することなく、MiG-25やA-5といった前例のある肩翼配置クリップトデルタ翼に双垂直尾翼と全浮動の水平尾翼を配置した堅実な構成で、主翼は単純フラップと補助翼のみで前縁フラップもない簡素なものである。また、軽量化と耐熱性強化のためにチタン合金を構造重量の25%以上に使用する事も、F-15の特徴である。

胴体上面には、大型のエアブレーキを胴体背面に装備してドラグシュートを廃止している。このエアブレーキは、アルミ・ハニカムと炭素繊維複合材を組み合わせた軽量構造になっている。水平尾翼と垂直尾翼はチタン、間にアルミ・ハニカム、表面をボロン繊維複合材を使用し、軽量かつ強固な構造となった。

機体最上面に張り出す大型の涙滴型キャノピーは360度の視界を与える。A/C型のキャノピー内部のパイロット後方部に大きな空間があるのは、抵抗を増やす事なく視界を確保するためである。よって、単座型と複座型とでキャノピーの大きさは指して変わらず、識別が困難なほどである。初期の機体では高温強度の高いポリカーボネートにアクリルを拡散蒸着した材質であったが紫外線による劣化で曇りが出たため強化アクリルガラスに変更された。

操縦系統についても操縦桿・ペダルと舵面の油圧サーボ・シリンダーの接続はメカニカル・リンクで構成し、方向舵と水平尾翼のリンクに並行してCAS(Computer Augumentation System)を接続して安定増強や操舵補正を行うことに留め、F-16のようなフライ・バイ・ワイヤとはしていない。ただしメカニカルリンクが破損してもCASにより飛行を継続できるため、機械系と電気系のハイブリッド構成と看做せる。


[編集] アビオニクス
火器管制システムは高性能のレーダー(APG-63/70シリーズ)を中心とした、高度の自動化設計により単座運用を実現している。APG-63レーダーの最大探知距離は、目標の投影面積(レーダー・クロス・セクション)にもよるが、小型戦闘機程度なら約185kmとなっている。また、E-3やE-767といった早期警戒管制機(AWACS)とのデータリンクと併用した場合、その迎撃能力は更に高められる。


[編集] エンジン
エンジンはプラット・アンド・ホイットニー社の「F100」というターボファンエンジンを2基装備する。初期型の「F100-PW-100」は、1基当たり10,810kgの推力を生み出す。このため、何も装備しない("クリーンな")状態であれば推力重量比は1を超え、主翼の揚力を利用せずにエンジン推力だけで垂直に上昇できることになる。この巨大な推力は、主翼と胴体に十分な数の兵装架を与える事になり、本機の多彩なミサイル運用能力をもたらす事となった。また、同空軍が運用しているF-16が搭載するのもこのF100型エンジンであり、部品補給や整備の面でも広い互換性が好都合となった。

胴体の左右にある二次元型インテークは、上方4度下方11度で可動し内部の可動式斜板やバイパス口と協調動作して様々な姿勢及び速度において、適切にエンジンに外気を誘導する。


[編集] 飛行速度
持続時間制限を受けない最高速度はマッハ2.3であり、エンジン吸入空気温度その他の制限からマッハ2.3を超え公称最高速度の2.5までは1分間以内の過渡使用に制限されている。なおF-15Aでも高度10,000ft~45,000ft格闘戦闘時基準重量33,000lb前後ならばミリタリー推力により僅かながらマッハ1.0を超える速度での飛行が可能である。


[編集] 兵装

F-15の下面F-15の武装はベトナム戦争での反省を受けた右翼の付根前縁のM61A1バルカン砲(装弾数940発)を始め、主翼下の2か所のパイロンのサイドレールに各2発、計4発のAIM-9L サイドワインダー、胴体下面の4か所のランチャーに計4発のAIM-7F スパローとなっている。機関砲の射線は空中戦目的を主とした機体の基準線から2度上に向けている。

運用が進むに連れ、各国向けの仕様の変更や使用武装の追加、新型ミサイルの採用などの更新を受けている。特に、スパローの電波誘導セミアクティブホーミング方式はミサイル自体からの電波照射を行う電波誘導アクティブホーミング方式と比べると誘導部が簡単で小型軽量になる反面、目標に電波を照射し続けるために母機の運動を制約するという難点を持つ。このため、半導体技術の進歩により電波誘導アクティブホーミング方式の誘導部の小型化を果たした現在、米軍のAIM-120や航空自衛隊の99式空対空誘導弾といった電波式アクティブホーミングミサイルの運用性を追加されている。

また、F-15はこれらの装備とは別に対地攻撃用の精密誘導爆弾やクラスター爆弾やLANTIRNなどの支援装備を搭載可能ではあるが運用例は少ない。


[編集] ストリーク・イーグル

計画に使用されたF-15
機首部分に「STREAK EAGLE」の文字が読める
(画像は腐食防止のために再塗装されたもの)F-15の性能を示す一例として「ストリーク・イーグル」[7]がある。これは1975年当時、MiG-25の特殊改造機(E266というナンバーが付けられた)の持つ上昇時間記録を更新するためにアメリカ空軍のおこなったプロジェクト名で記録更新機自体の名称にもなった。

元々は1962年に行われた「プロジェクト・ハイジャンプ」にて、F-4が上昇記録更新に挑戦したことに端を発する。この時は3,000、6,000、9,000、12,000、15,000、20,000、25,000、30,000mの8高度までの到達記録をF-4が次々と塗り替えたが、1973年にE266が20,000から30,000mまでの3つの記録を更新していた。これに対して、F-15原型機の内の1機を投入して記録更新を狙った計画である 。 空軍のロジャー・スミス少佐、W・R・マクファーレン少佐、デイブ・ピーターソン少佐がこの計画でパイロットを務めた。5号機と19号機から約360kg軽い19号機を選び、レーダー・緊急用フック・機銃など不要な装備品を取り外し、塗装すら剥がしたものの、特別な推力装置の追加といった改修・改造を施してはいない。

1975年の1月16日から2月1日にかけて行われた挑戦の結果、19号機はF-4とMiG-25の有していた8つの上昇記録をすべて更新した。

到達高度 従来記録[秒] プロジェクト記録[秒]
3,000m 34.52 27.57
6,000m 48.787 39.33
9,000m 61.629 48.86
12,000m 77.156 59.38
15,000m 114.50 77.02
20,000m 169.80 122.94
25,000m 192.60 161.02
30,000m 243.86 207.80

ソビエトも、同年5月にE266Mを使用し25,000mと30,000mの記録を更新している。


[編集] 拡張性
約30年も前に設計された機体であるが、将来の発展のための余裕を持った設計とされたため、各種の近代化改修(新型ミサイル対応、アビオニクス、エンジンの換装)によって、より以後に運用を開始したロシアのSu-27、国際共同開発のユーロファイター タイフーン、フランスのラファール等の新鋭機の登場した今なお第一線での任務をこなす能力を維持している。


[編集] 実戦成績
2005年現在、実戦における空中戦での被撃墜はゼロである。複数の交戦相手国がF-15撃墜を主張し、またソ連も交戦当事者ではなく派遣したオブザーバーによる自国兵器の運用状況の観察においてMiG-23など自国製の戦闘機が数機のF-15を撃墜したことを記録しており、現代でもロシア他の国々ではこれが「事実」として扱われているものの、米・イスラエル共に被撃墜を認めていない。実際にはイスラエル軍のF-15がミサイル被弾後に基地へ帰還した例もある。
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by lalakame | 2008-05-15 10:22 | デイトレ | Trackback | Comments(0)